首相、徳之島3町長と会談へ

 鳩山由紀夫首相は7日午後、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)移設問題をめぐり、鹿児島県の伊仙、天城、徳之島3町長らと首相官邸で会談する。首相は、ヘリコプター部隊の訓練の一部移転などに協力を要請する考えだが、3町長は受け入れ反対の島民約2万人分の署名を手渡して拒否することにしている。

国会議事堂

国会議事堂(こっかいぎじどう)は、国会が開催される建物。現在の建物は1936年(昭和11年)に帝国議会議事堂として建設された。東京都千代田区永田町一丁目にある。

建物は左右対称形をなし、正面に向かって左側に衆議院、右側に参議院が配置されている。
現在の国会議事堂は1936年(昭和11年)に竣工したが、その建設計画は明治にまでさかのぼる。

1881年(明治14年)10月、「国会開設の詔」が発せられ、10年後の国会開設が約束された。その4年後に内閣制度が発足、帝国議会開設は1890年(明治23年)と決定し、議事堂建設の取り組みが始まった。しかし、計画は設計の段階から難航し、財政難を理由に当面は仮議事堂を建設することになった。

与謝野新党8日にも


 新党を結成する意向を固めた自民党の与謝野馨元財務相は5日、同調する園田博之前幹事長代理や同じく離党の意向を固めた藤井孝男元運輸相、無所属の平沼赳夫元経済産業相と再会談して新党結成で最終合意することになった。

 与謝野氏は平沼氏と新党を結成し、ともに共同代表に就任することですでに合意。同じく新党結成を目指し離党した鳩山邦夫元総務相も合流する方向だ。また、夏の参院選の公認候補者として、橋本大二郎前高知県知事を擁立する案も浮上している。

 与謝野氏は3日、谷垣禎一(さだかず)総裁と党本部で会談、執行部刷新を拒否する谷垣氏を批判し、7日付の離党届を前倒しして提出した。谷垣氏は受理した。谷垣氏は「残念だ」と述べたが、慰留はしなかった。新党結成は早ければ8日ごろになる見通しだ。

 自民党の国会議員が離党するのは野党転落後、与謝野氏で7人目。執行部は参院選に向け結束を呼びかけてきただけに、大きな痛手となりそうだ。谷垣氏は記者団に「残念だが、われわれは民主党の暴走に歯止めをかけるため徹底的にやっていく」と述べた。

(2010.04.03 22:56 サンケイニュースより)

いよいよ自民分裂か!?
どうするよ。谷垣のていちゃん!

国会

1月18日から通常国会がはじまったがなんかいまいち迫力がないんだよな、自民党。
追及する気あるんだろうか?

そういえば、夏の総選挙の時、大阪発のローカルニュースで谷垣さんの選挙戦のことが放送されていて、地元の山間部(丹後地方)へこれまでの選挙戦ではじめて足を踏み入れ、どぶ板をやったとか。

今回は大変だったんだといいたいんでしょうが、聞き方によってはこれまで地元有権者の顔を見たことなかったということ、土壇場を乗り切った経験がないなど非常に甘ちゃんな人ともとれる内容だったことを思い出した。

こりゃ、「みんなでやろうぜ」と言っても、バラバラに離れてしまいそうな気がします。

ほんとにやれるか?


 自民党は28日午後、谷垣禎一氏(64)を第24代自民党新総裁に選出した。開票の結果、投票総数499票、谷垣禎一氏が300票、河野太郎氏が144票、西村康稔氏が54票、無効票は1票だった。

 谷垣新総裁は両院議員総会で「もう一回政権に復帰できるよう全身全霊を傾けていく」「みんなぜやろうぜ」と一丸となって結党以来の危機を乗り越えてゆく考えを示した。

 野党としての自民党総裁の選出は、河野洋平前衆院議長が当選した1993年以来、16年ぶり2度目。任期は2012年9月末までとなる。

 新総裁は28日夕、党本部で記者会見に臨み、8月の衆院選惨敗を受けた党再生への決意を表明。一両日中に幹事長や国対委員長ら新執行部の陣容を固める。10月25日投開票の参院神奈川、静岡両補選への対応が最初の関門となる。

 今回の総裁選は、8月の衆院選惨敗を受けた党の再建策が最大の争点となった。谷垣氏は「全員野球」を呼び掛け、安定感をアピール。各派閥の領袖クラスから若手まで幅広い支持を集めた。

 河野氏は議員票の劣勢を地方票で巻き返す戦略だったが、派閥領袖に引退を求めるなど世代交代を強く主張したため、幹部が反発。党内の混乱への不安などから票が伸び悩んだ。地方票は東京や愛知で谷垣氏と互角の票を獲得したものの、逆転は困難な情勢。

 西村氏は地方重視の姿勢を強調したが、知名度不足が響いた。

(2009年09月28日 スポニチ記事より)

本当にみんなを総結集できるのかこの人・・・